121ware 閉じる

山田祥平のPCこだわりレポート シリーズイメージ
series19 絶対に譲れない「デザイン」と「音」 こうやって実現させた

樫本欣久(NECカスタムテクニカPC事業部商品計画部) 前回に引き続き、VALUESTAR FSの開発ストーリを進めよう。前回の石田や樫本らの企みを、実際にカタチにした男たちのドラマだ。今回は、岡田真一(NECカスタムテクニカPC事業部商品開発部)、小川直久(NECカスタムテクニカPC事業部商品開発部)、小坂邦男(オーセンティック技術部シニアマネージャ)に会ってきた。岡田は、マザーボードを含むエレクトロニクス関係、そして、装置仕様を担当した。小川は、メカニカルの担当としてパソコンの見かけとなるプラスチック部品や板金部品、構造設計などを仕切った。そして、小坂は、特別設計となったマザーボード上のアンプの回路、SoundVuスピーカを含む音響部分すべてを引き受けた。


メーカ製のパソコンは、単なるパソコンであってはならない
 岡田「こういう取材って、あまり苦労した、苦労したというと、読んでいる方もうっとうしいじゃないですか。だから、ここがスゴイんだぜっていう部分を聞いてもらいたいです」

 のっけから岡田がこういった。ならば、まずは、その話を聞こう。

岡田真一(NECカスタムテクニカPC事業部商品開発部) 岡田「メーカ製にしかできない静かなパソコンを作りたかったんです。そこで、「静か」とは何かを考えてみました。私自身ユーザとしてもいろんなパソコンを使っていて、ファンの回転数が急激に変わったときに、その存在を意識してうるさいと感じてしまうんじゃないかということに気がつきました。

 FSの冷却ファンは、温度に応じてだんだん回転を速くしています。ここまでは普通のパソコンと同じです。必要のないときは止めることもできます。でも、あえて、回転を止めることはしませんでした。最初の回転数から、状況に応じてどんどん回転数を落としてはいきますが、止めません。停止しているものが急に回転を始めると、ファンの存在を意識してしまうからです。

 パソコンには、室温が摂氏10度から35度の間で正常に作動しなければならないという基準があります。もし、35度の環境に合わせてファンの設計をすると、とてもうるさいものになってしまいます。でも、35度の暑い状況でパソコンを使うことなんてほとんどありえないじゃないですか。そこで、20数度の常温でいろんなことをやりながら、ファンの回転数と、プロセッサの温度の相関関係を調べてマトリックスにしてみました。

 そうして、常温環境における静かなファン制御パターンを作り、最終的にはファンのスピードを数段階に制御するようにしました。つまり、今回は音の静かさからファンの回転数を決めて熱対策をしてもらったことになります」

 小川「たいへんでしたよ。ヒートシンクを何度も変えることになりました。最初はなるべく小さいものをということで評価を繰り返していましたが、最終的にはめいっぱいサイズが大きいものにせざるをえませんでした」


ラーメンどんぶりにケーブル麺が渦巻く
 FSの開発が始まる直前まで、岡田、小川ともに、群馬県太田市の事業所に勤務していた。社内的にも事業所の統廃合であわただしい時期であったが、その時点で商品開発に関わるメンバーは全員が米沢に異動することが決定した。2002年3月頃の話である。

 岡田は、新コンセプトパソコンの商品開発メンバーがまとめられつつあることを耳にし、自分で名乗りを上げたという。岡田は、チャンスが巡ってきたんだとそのときの印象を振り返る。すでに、一体型パソコンの方向は決まっていたが、前回のストーリーでもわかるように、それは、きわめて漠然としたものだった。だが、主力機となる他のVALUESTARではできないことができる。これにしかできないことができる。岡田はそう思った。

小川直久(NECカスタムテクニカPC事業部商品開発部) 一方、小川は、群馬の事業所で、スリムタワーなどに関わっていた。Simplemの構造設計も、小川の仕事だ。LCD一体型は構造的に難しい部分があるので、今回のプロジェクトが始まった当時は、いったい誰がやるんだろうと思っていたそうだ。他人事である。だが、抜擢されたのは小川自身だった。

 小川「箱モノとは違い、設計が難しいので、本当は逃げたかったんですよ。Simplemは、相当難しかったのですが、今回は筐体が上下に分かれそうで、もっと難しくなることがわかっていましたから」

 岡田「方向付けの会議に参加した時点では、デザインが出ているわけではありませんでした。どんなものを作るのか、まだ何も見えていない状態です。でも、コネクタの配置から絶対上下に分かれると思っていました。コネクタはマザーボードの端に並ぶのが普通なので、筐体下部にノートパソコンの技術を使ってマザーボードを敷けばいいと思っていたんです。でも、デザインワークが進むうちにそれができないことになりました。となると、LCDの裏側にマザーボードをレイアウトし、そこから、各デバイスへの信号線を筐体下部に引き回す必要が出てきたんです。

本体背面図 コネクタのラインの引き回しですね。当然、ケーブルの量はかなりのものになります。あまりにもすごくて、最初の試作を見たときには、ラーメンどんぶりだと思いましたよ。渦巻いているという感じです。これはだめだ、とてもじゃないけど作れないと思いました。EMI基準のクリアも難しいし、何よりも、ケーブル間のノイズで製品のクオリティが保てません。そこで、急遽、ベース部分にも、ケーブルを取り回すだけの基板を持つことにしました」

 小川「全部ケーブルだったときには、筐体内部が見えない状態でしたからね。追加でケーブルを通すスペースもないような、ちょっと想像を絶する状態です。

 ただ、群馬では、構造設計のグループと電気設計のグループが別だったんですが、今回はいっしょに仕事ができたので、やりやすかったですね。ケーブルの引き回しをこの方法でクリアできたのは非常に助かりました。構造だけを担当していると、基板がもたらすインパクトって、なかなか気がつきにくいじゃないですか。

 今回は、デザイナーの井手と密接にやれたのも功を奏しました。井手が、台湾につきっきりでいてくれて、変更箇所をその場ですぐに再設計してくれたのは助かりました。つまり、電気、メカ、デザインすべてがいっしょにできたわけで、これがよかったですね。たとえば、ACコンセントの位置などは、最初の設計とは逆の位置になっています。そういう柔軟な対応は、いっしょに仕事をしていないとできません」


長期台湾滞在がこだわりをカタチにした
本体側面図(PCカードスロット側) FSのLCD右側面には2基のPCカードスロットが縦に並んでレイアウトされている。ノートパソコンでよく見られる二段重ねの構造ではなく、縦に並んでいる点に注目してほしい。取り出しやすさが全然違うのだ。これは、企画のメンバーのこだわりだ。岡田と小川は、こうしたこだわりを、ひとつひとつ解決していった。作業現場は台湾のベンダーサイトだ。群馬から米沢に異動後、翌日の出張である。今回は、7月以降、岡田が計76泊、小川が計88泊、最高23連泊の台湾出張をこなしたという。

 岡田「ホテルに帰れない日もあったし、夜も遅かったし、土日もありませんでした。ものを見て、問題点を片っ端から対策しながら、それを量産ラインに流すためにはどうすればいいのかということを考えていくんです。ベンダとのディスカッションは怪しい英語、怪しい中国語と日本語のチャンポンです。通訳はいません。もちろん、意志の疎通ミスなども出てきます。今回は、最後まで、PCなんだから液晶の周りにコネクタがあればいいじゃないかといわれましたね。でも、カタチが見えてくると、けっこういいねといわれるようになりました」


好きな音楽を好きな音で鳴らしたいエンジニアの願い
小坂邦男(オーセンティック技術部シニアマネージャ) FSのセールスポイントのひとつに、良質なサウンドがある。SoundVuの開発元であるオーセンティックからは、小坂が生産場所である台湾まで何度も出張してきた。

 小坂「液晶ディスプレイの前面のアクリル板を振動させて音を出す仕組みなので、構造体が少しでも変わると音も変わってしまいます。一体型ということで、難しい点も多かったです。最終的には、SoundVuを、もっとも良く表現できる設計ができたと思います。

 しかも、今までのパソコンでは、実現できなかった贅沢なアンプの回路を使っています。オーディオ的に考えると、瞬間的に大きな電流を流すことができるパワーICが必要でした。そのICを使用した大型のヒートシンクが必要なアンプを、あの狭い中に入れるように頼みました。そのおかげで、今までのパソコンとは違う迫力のある音が出るようになったんです。

 面実装基板の場合、リフローといって、下から噴射してハンダ付けするので、後工程で手差しの部品があると困るんですが、半導体を刺してハンダ付けするパワーICを、あえて使ってもらっています。サウンドのパワー感が違うんですね。こんなこだわりを、最初から納得してもらえたのはうれしかったですよ。

サブウーファ オーディオが好きな人がパソコンを買う時に音の良さを求めているのも事実です。なのに、音と映像が一体化されたパソコンはなかなかでてきませんでした。今回はそういう意味で、AVマニアでも満足してもらえるものになっているはずです。サブウーファをつけたモデルは初めてじゃないでしょうか。下が重くてがっちりしているという構造もいいですね。オーディオは物量がしっかりしていないといい音が出ないんです。電気的なこと以外の部分でも音がよくなるような設計が実現できたのは、企画段階でデザイナに音の良さを納得してもらったからですね」

 49歳の小坂は、自らビートルズバンドを演る音楽中年だ。中学生時代からの仲間がメンバーで、6年ほど前から本格的にバンド活動を再開し、月に一度スタジオを借りてはビートルズナンバーを録音し、それを自分で設計したオーディオ機器で聞くのが楽しみだという。この歳で憧れだったリッケンバーガーとギブソンを手に入れたという。ちなみに、小坂はジョン・レノン役だ。

 小坂は、FSを、自分の好きな音に仕上げているかもしれないという。だから、ビートルズを聴くといいかもしれないと笑う。エンジニアは、自分の好きな音楽を、自分の好きな音で鳴らせなければならないというのが彼の持論だ。

小坂邦男(オーセンティック技術部シニアマネージャ) 小坂「パソコン量販店の店頭で音の良さをわかってもらう為には大きい音が出なくてはなりません。一方、家庭では小音量で質の高い音が求められます。相反するんですね。でも、これはすごいんだなと店頭でお客さんに知らせなくてはなりません。そういう意味では、これらを両立させるのは大変でした。具体的には、ウーファ部のアンプ回路と、SoundVu部の回路を別々に搭載した贅沢なマルチアンプ構成にしています。お互いのアンプが受け持つ周波数帯域と音量は、家庭で聴くときと、大きな音を出したときとを想定し、どちらでもバランスがよくなるようにカットアンドトライを繰り返しました。最後には人間の耳だけが頼りです。

 エンジニアは耳のセンスが問われます。実は、台湾にいって、最後のチューンをしたんですが、SoundVuとウーファの微妙なバランスをプリプロダクションで改善しています。あのとき、台湾に行っていっていなかったからと思うとゾッとしますね。


考える側、作る側、売る側の距離が縮まった
 FSで、新たな経験をしたと三人は口を揃える。今までの製品作りとは、まったく違う何かがそこに生まれたというのだ。そこでは、デザインがもっとも重要であり、機能のためにデザインを犠牲にしたという部分はどこにもないと、彼らは言い切る。

岡田真一(NECカスタムテクニカPC事業部商品開発部) 岡田「かつての電気担当は、自分の仕事が実際に製品になるときに、どんなデザインになるかを知らないで開発していました。でも、今回は最初から関わることができました。デザイナと話をしながら作れるパソコンの仕事は初めてででした。本当におもしろかった」

 小川「今までの仕事なら、メカニカル関連のメーカの人としか会わないんですが、今回は、実にいろんな人にあいました。ここ数年、名刺を使わなくなっていたんですが、かなり減りましたよ(笑)」

 岡田「設計の段階で、今まで意見をはさめなかった部分に、自分の思いを入れてもらえたのが何よりうれしいです」

小川直久(NECカスタムテクニカPC事業部商品開発部) 小川「構造設計で、今までになかった苦労はしたけれども、デザイナの思う通りのものができたはずですね。正直なところ、構造部分は途中からの参加です。でも、もし、最初かかわっていれば、本体下部の底面積をもっと広くしようと提案したにちがいありません。一度デザインが決まると、途中から変えるのは特に難しいので、マージンを持ったサイズを要求するのが普通ですから」

 岡田「次回は、もう一歩進んで、製品コンセプトの議論からやりたいと思っています。もちろん、上司にもそれをアピールしています。最初から最後まで、すべての場所に首をつっこみたいじゃないですか。かつてのNECにはそういう土壌がありませんでした。でも、今回初めて、半分くらい夢がかないました。FSの開発で、考える側、作る側、売る側がずいぶん近くなった気がします。

 今回の開発でお近づきになれた方もたくさんいらっしゃいますし、その方々と一緒に次回はもっと最初の方から作品をやりたいですね。パソコンは工業製品かもしれませんが、自分で思い入れがなければ作りたくありません。仕事は仕事ですが、半分趣味、だから作品なんです」

 取材当日、米沢の天気はみぞれ。山形新幹線が福島から米沢に向かう沿線はすでに真冬の雪景色だ。小川はスーツの下のワイシャツを見せてくれた。半袖だった。無我夢中で過ごした彼らの夏が、ようやく今、終わろうとしている。

NEC Copyright(C) NEC Corporation, NEC Personal Products,LTD.