他人に情報を伝えることを「通信」といいますが、インターネットの登場以来、様々な方法で他の人と通信できるようになりました。今回は、人はどのように通信をはじめたのか、古代にさかのぼり、そのうつりかわりをご紹介いたします。
猿人の時代には、身振り手振りで情報のやりとりをしていたとされていますが、50万年前の原人たちの時代になると、道具を作ったり、家を作ったりして集団で生活をするようになりました。集団生活を通して、コミュニケーションの必要性が高まり、言葉を生み出すきっかけになったと言われています。
●絵から文字
動物の様子や狩りの様子を絵画で表現したものに洞窟壁画があります。人類最古の絵は約3万年前に描かれたとされています。約1万5千年前の旧跡時代に描かれたとされるフランスの「ラスコー洞窟」や、スペインの「アルタミラ洞窟」などが有名です。
このように絵を描くところから、象形文字や楔形文字などが生まれたと言われています。
●音や煙
文字がなかった時代の通信手段は、太鼓をたたいて、そのリズムや強さなどで情報を伝えたり、狼煙(のろし)の煙で合図を送ったりするものでした。狼煙による通信は、日本でも明治の初めまで使われていました。
●道具を使って伝える
15世紀から16世紀のインカ帝国では「キープ」と呼ばれるロープを使った情報伝達手段がありました。結び目の位置や数、結び目の形や色によって情報を伝えたとされています。日本の沖縄にも同じようにロープを使って情報を伝達する「藁算」があります。
●くさび文字
5000年以上前にメソポタミアのシュメール人が作ったとされるのが「くさび文字」です。くさびや釘などを使って、粘土板に刻まれました。
●ヒエログリフ
古代エジプト時代に使われていた象形文字のことを「ヒエログリフ」といいます。いつごろから使われ始めたのかは分かっていませんが、石碑に刻まれたり、植物から作られたパピルスと呼ばれる紙のようなものに描かれたりしました。
古代エジブトでは、使者たちがヒエログリフで書かれた手紙を運びました。
●漢字と木片の手紙
約3300年前に漢字の元となる文字が中国で発明されたとされています。1世紀前後には、記録のために木片や竹片が使われるようになりました。日本には5世紀から6世紀頃に伝わったとされ、その後日本語の音を表記するために万葉仮名が作られ、漢字の草体を元に平安時代初期に平仮名が作られたとされています。
●紙の登場
西暦105年の中国で、葬倫(さいりん)が製紙法を改良して、現在のような紙が製造されるようになったとされています。あわせて、文字を書くための筆などの道具も生まれ、手紙による通信が普及することになりました。
●郵便制度の登場
文字とそれを書き記すことのできる媒体が生まれると、人々は手紙を届けるようになります。最初は走って届けていた手紙ですが、より遠くに、より早く届けるために馬や鳩など動物を使って届けるようになりました。
その後、長距離郵送のために「駅制」が登場します。馬が走れる距離ごとに「駅」を用意し、新しい馬に乗り換えます。さらにこれらの仕組みが進化して、郵便制度が生まれることになります。イギリスの「ローランド・ヒル」は、安い料金体制と、差出人が郵便料金を払う制度(郵便切手)を作りました。この制度により人々は手紙を手軽に出せるようになりました。
日本では、飛鳥時代に街道と駅が整備され、鎌倉時代には、源頼朝が「駅」にかわり、通信のための人や馬をおく「宿」を整備しました。そして、鎌倉、京都間の飛脚による通信を行いました。
江戸時代になると、五街道と宿が整備され、「宿場」と呼ばれるところに飛脚問屋や旅籠が立ち並ぶようになります。
その後、明治4年に、官営の郵便事業が開始されることになり、郵便切手なども発行されました。
マラソン発祥の起源
「マラトン」の戦いでギリシャ軍が勝利したことを、兵士がアテネまで走って伝えに行き、アテネに着くと「喜べ、勝ったぞ」と叫び力尽きて、息絶えたという故事があります。マラソンはこの故事を偲んで作られました。情報を走って口頭で伝えていた伝令がマラソン発祥の起源となっているのですが、この伝令もまた昔の通信手段の一つということです。