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第10回 黒門市場(くろもんいちば) 大阪市中央区   東に築地があれば、西には黒門がある。食い倒れの街の胃袋を支えてきた黒門市場は、大阪の象徴だ。ミナミの繁華街に立地し、年末に向けて活気を増す市場界隈を歩いてみた。
 
「間口の小さな店が所狭しと並ぶ」
 「まいど!」「ええもん入ったでぇ」「おおきにぃー」。アーケードに威勢のいいかけ声が飛び交う。  地下鉄御堂筋線のなんば駅から千日前通りのビル街を10分ほど歩く。こんな都会に市場が? と思い始めたころ、オフィスビルや飲食店が立ちならぶ一角に黒門市場の入り口はあった。
 アーケードはカタカナの「キ」の字型に延び、総延長は580メートルほど。鮮魚、青果、花、衣料など、間口の小さな店が3メートルほどの路地を挟んで所狭しと並ぶ。素通りすれば5分もかからないだろう。だが、つい立ち止まる。1匹3万8000円の天然フグ、1キロ2万円の南黒マグロ、1パイ2万円のズワイガニなどが無造作に店頭に並ぶ。値札が目に入る度に桁を数える。「高級料亭にいくのか、家庭の食卓に上るのか」、気になる。この調子ではすぐに半日は経ってしまう。
「値段や産地に嘘はあれへん」
 江戸時代後期の文献『摂陽奇観』に、こうある。「文政五、六年(1822、23)の頃より毎朝魚商人、此の辺に多く集まりて魚の売買をなし、午後には諸方のなぐれ魚を持ち寄りて…」。つまりこれが、黒門市場の起源と考えられている。明治末期まで近くにあった圓明寺 (えんみょうじ) の黒い山門が名の由来だ。漁師が余った魚やタコを売りさばいていたのが始まりらしい。
 そのため、今でも一番多いのは鮮魚店で、全154店舗の約3割を占めている。専門店が多いのも特徴で、フグだけ、エビやカニだけ、マグロだけしか扱わない店がいくつもある。西川鮮魚店の西川学さんは、「各店主がこだわりを持って食材を選んどる。値段や産地に嘘はあれへん」と話す。マグロ専門店「エン時」の定峰豊さんも「目利きが多いから下手なもんは出されへんな」と言う。
 
「年末多くの人が訪れる理由は“ほんまもん”へのこだわり」
 平日でも人出は1日平均1万8000人に上る。年末に向けて徐々に増え、最後の29、30、31日には1日に15万人もの人で市場が埋め尽くされる。その理由を“ほんまもん”にあると語るのは、黒門市場商店街振興組合の副理事長を務める山本善章さん。「普段からうまいもんには目がない大阪人やけど、正月は余計にええもんを食べたいと思う。すると、“ほんまもん”がある黒門へ行こうとなるわけや」と話す。明治30年創業の漬物屋「伊勢屋商店」の社長でもある。
  年末の29、30、31日は1日15万人もの人が訪れ、市場の中は身動きがとれないほどになる
 時代を少しさかのぼる。山本さんの母親は生まれも育ちも黒門市場で、現在は伊勢屋商店の2階で日本舞踊を教えるお師匠さんだ。戦前、戦後の市場の様子をこう振り返る。「戦前はもっと人が多く、住民は裏の通りを使っとったほど。せやけど、戦争でみんな焼けてもうて」。戦後はゼロからスタートしたとは思えない活気だ。「天下の台所」の伝統が後押ししたのだろう。
 ところで、市場から西へ10分ほど歩くと千日前界隈に出る。少し寄り道をした。吉本新喜劇や漫才が行われているなんばグランド花月の前には、府立上方演芸資料館(400円/11時〜18時/水曜、年末年始休)があり、上方の笑いの歴史をたどれる。「テレビの笑いはブームが去るとなくなる。若い人にも、積み重なった笑いの歴史を舞台や寄席で体感して欲しい」。と、学芸員の古川綾子さん。そこから戎橋(えびすばし)筋を抜け、道頓堀へ向かう。歩いて10分もかからない。阪神優勝に喜んだファンが飛び込んだ戎橋の人ごみと、そのすぐ横にある「かに道楽」の派手な看板に圧倒された。
 
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