121ware 閉じる
 
旅行読売編集 「旅の健康塾」 旅行読売
植田理彦温泉博士の温泉健康法 スローフード「ふるさと食風土記」 旅行読売おすすめ「歩く旅」 おすすめの癒しガーデン 旅の快適術
 
 
旅行読売おすすめ「歩く旅」
 
第3回 萩 山口県萩市   開府400年を迎えた萩は、江戸時代の地図が使えるほど古い町並みが残っている。明治維新胎動の地としても知られ、今も幕末の志士たちのことが身近に語られていた。
 
「新選組とはいわば敵同士」
 「新選組が話題になっちょるが、歴史の本流はこっちじゃけえ」 町で出会った70歳の男性は、新選組の話になると少し語気を荒げた。山口県の萩は、日本海に注ぐ松本川と橋本川に挟まれた三角州に開け、その最西端、指月山に萩城跡が位置している。城下に広がる古い町並みを目指して、山陰本線の東萩駅を起点に歩き始めた。
  この町は、吉田松陰をはじめ、高杉晋作や伊藤博文、山県有朋、木戸孝允、久坂玄瑞など幕末から明治にかけて活躍した倒幕派の若者たちを生んだことで知られ、新選組とはいわば敵同士。NHK大河ドラマ「新選組!」について町の人に聞くと、「あれは物語だから」などと言いながらも、やはり面白くない気持ちはあるようだ。 もともとは毛利36万石の城下町として栄え、慶長9年(1604)に毛利輝元が萩城を築いてから開府400年を迎えた。
「武家屋敷の町並み」
 駅からすぐの萩橋を渡り、南へ20分ほど歩くと、藍場(あいば)川にぶつかる。このあたりは、城下の風情を色濃く残し、観光客も少ないので散策するには最適だ。武家屋敷や明治、大正と3回総理大臣を務めた桂太郎の旧宅が無料で公開されている。
 藍場川に沿って西へ歩くと、三角州の中央には、高杉晋作や木戸孝允の旧宅があり、土塀や白壁に囲まれた武家屋敷の町並みが広がっている。風情ある路地を気ままに歩くのがここでの楽しみ方だ。
 「長年住んでいても、慣れない道を通ると、この路地いいなあと新たな発見がある」と萩の魅力を語るのは、萩観光ボランティア協会事務局長の須山義厚さん。「江戸時代の地図がそのまま使える全国でも珍しい町。古地図を片手に歩くと当時の城下を歩いているような気がします」と話す。町割だけでなく呉服町や細工町、樽屋町などの古い町名が数多く残っているのも特徴だ。古地図(200円)は町の中央にある市役所で手に入るので、立ち寄ってみよう。
 
「維新の原動力を生み出した吉田松蔭の松下村塾を見学」
 萩城跡まで足を伸ばした後、松蔭神社へ向かうが、高い土塀に囲まれ方向感覚を失ってしまった。酒屋の配達トラックの運転手さんに道を聞くと、「先生のとこは、この路地を右にまっすぐ。歩くと1時間くらいはかかるよ」と教えてくれた。萩の人に松蔭の話をすると、誰もが敬愛を込めて「先生」と呼ぶのに驚く。
吉田松蔭の松下村塾
  路地の風情を楽しみながら歩くこと1時間。松蔭神社へ到着し、境内の松下村塾へ向かう。
 「えっ、こんなに小さいの」。バスで観光に来ていた一団から、こんな声が次々に上がる。松下村塾は、炭小屋として建てられたもので、8畳と10畳半の部屋からなる簡素な建物。当初は8畳のみだったが、あまりに狭く、塾生たちが廃材を使って後から10畳半の部屋を付け足した。そのため、曲がって穴の開いた木材などが使われているのも見える。
 松陰の下に集まった約80人の門下生がここで学んだのは、たったの1年足らずだが、この小さな塾から高杉晋作や伊藤博文、山県有朋など、幕府をひっくりかえし日本の近代化を成し遂げた若者たちが生まれたのだ。
 松蔭が偉大だったにしても、なぜ山陰の小さな町からこんなにも多くの俊才が生まれたのだろうか。
 「先生が出てくる前から、下地はありました。五代藩主吉元が教育熱心で、豪華な庭を造るよりは人づくりが大切だと、藩校の明倫舘を建てたんです。寺子屋や小さな塾の数も信州についで2番目に多かったといわれています」。萩市郷土博物館の前館長で、現在は松蔭神社の学芸顧問を務める近藤隆彦さんはこう話す。
 
1ページ 2ページ
 

ページトップへ
 
 
あなたの健康旅行結果発表旅行読売新刊紹介トップページ
 
NEC Copyright(C) NEC Corporation, NEC Personal Products,Ltd.