NECパソコンの歴史 番外編 〜テレビパソコンのハシリ「98MULTi CanBe」〜 ライター 山田 祥平

今、世の中ではWindows 8が大きな話題になっています。でも、今回紹介するNECパソコンは、今からさかのぼること18年前の製品です。Windowsが一般の人に認知されるようになり、パソコンが大ブームとなり、そして、ぼくらの暮らしにインターネットが溶け込み始めたのは、Windows 95が発売された1995年頃からなのですが、「98MULTi CanBe」は、その前年、1994年に産声をあげました。

マルチメディアの時代

当時の世の中はマルチメディアという言葉がトレンドでした。文字や静止画だけではなく、音声や動画を含むデータを楽しもうと、それを収容するメディアとしてCD-ROMがもてはやされていました。CD-ROMに収録されたマルチメディアソフトも、ずいぶんたくさん発売されました。地図や百科事典などをがんばって揃えたことを思い出します。

今、押し入れをのぞいてみたら、日本電気ホームエレクトロニクス社から発売されていた「CD-ROM版マルチメディア文学辞典 新潮文学倶楽部」のパッケージが出てきました。値段を見てびっくり、28,000円となっています。Windows/Macintosh対応とされたNECインターチャネル社の「ルート66の旅」、なんていうのも見つかりました。こちらは少し安いのですが、それでも6,800円です。
PC-9821Cb  正面 PC-9821Cb  背面

いつかまた楽しむこともあるだろうと、いくつかのコンテンツを残しておいたつもりだったのですが、今、Windows 8環境で試してみたら、バージョンチェックにひっかかって実行できません。現代の技術では、紙の書籍を100年間残すのは、それほど難しいことではないそうですが、ことマルチメディアコンテンツとなるとたいへんです。たった20年未満でもこの状況というのは、ちょっと寂しい気がします。

オールインワンをかなえたCanBe

さて、98MULTi CanBeですが、「見る」「聴く」「つなぐ」「創る」という4つの機能を楽しめるオールインワンマルチメディアパソコンというアピールで登場しています。誇らしげに倍速CD-ROMドライブを内蔵していました。一体型のパソコンというイメージが強いのですが、実際には、初代CanBeに、Cb、Cx、Cfという3種類のモデルが用意されたうち、一体型はCbだけでした。
PC-9821Cu13
TVチューナーボードを内蔵し、テレビを楽しむこともでき、リモコンがついていてそれで操作ができたのも画期的でした。とにかく、まさにテンコモリのソフトウェアがプリインストールされ、Windows 3.1にとってはちょっと肩の荷が重い面もありました。それでも、買ったその日から、何から何まで一通り揃っているということで、まさにオールインワンのコンセプトが受け入れられ、ヒット作となったのです。

翌年、Windows 95が発売されると、さっそくその登場にあわせてスペックを高めた3代目としてPC-9821Cb3、Cx3のシリーズが登場しています。さらにその翌年、1996年には、それまでのブラウン管のディスプレイに代わり、10.4型の液晶ディスプレイ搭載のCrシリーズも登場しています。趣味やファミリーにこそ、高性能をということで、クリエイティブCanBeの異名を持つタワー型のCtシリーズも出るなどバリエーションが広がりました。

また、1997年のCuではタッチパネルも搭載されましたが、このCuシリーズがCanBeシリーズの最終モデルとなりました。ディスプレイはまだブラウン管でしたが、その表面をタッチすることで、キーボードやマウスを使わなくても、簡単にパソコンを操作することができました。音声入力や音声読み上げなどをサポートしていたり、画面のソフトキーボードをタッチして入力ができるなど、まるでWindows 8のセールスポイントみたいです。それが15年前の製品だというのですから驚きです。

何にでもなれるパソコン

CanBeは、音が出る、テレビが楽しめる、ビデオをキャプチャできる、通信ができるなどなど、パソコンでできるはずの楽しいことが、とにかく全部簡単にできることが目指されていました。他のパソコンでそれらのことをするためには、各種周辺機器を揃え、マニュアルを熟読しながら拡張していかなければできなかったことなのです。
マスコットキャラクター
だからこそ、CD4連装ドライブを搭載したモデルや、ディズニーモデルなどが付加価値となって、楽しさがすぐに手に入るCanBeが注目を集めたわけですね。

今でこそ、パソコンで音声や動画を楽しめるのは当たり前になりましたが、当時のパソコンの能力を考えると、それはたいへんなことでした。でも、CanBeが一台あれば、まさに何でもできたのです。CanBeは「何にでもなれる」を意味してつけられた名前だそうですが、そのことを象徴しています。また、マスコットキャラクターとしてQハチ君の存在も忘れることはできません。

一体型のパソコンは、1998年、ちょうどCanBeが引退したあとに、アップルが初代iMacを発売開始し、パソコンの歴史において、記念碑的な製品として記憶されています。製品名に「i」がついたのも、この製品が最初です。その結果、大ヒット商品となりました。トランスルーセント、つまり半透明で中味が見えるボディで、いろんなアクセサリもトランスルーセントになったものが流行ったことの記憶も鮮明です。

一体型というコンセプトは、もともとはアップルMacintoshのトレードマークともいえますが、それをずっと以前からきちんと自分たちのものとして咀嚼し、オールインワン製品にして提示していたのは、やはりNECというメーカーのすごいところなのだと思います。きっと、時代が早すぎたということなのでしょうね。
NECオリジナルTV機能「SmartVision」

SmartVision (PK-UG-X024) NECのテレビ機能搭載パソコンといえば、忘れてはならないのが「SmartVision」です。NECオリジナルのテレビシステムとして、パソコン本体に内蔵されたハードウェアと、それを制御するためのソフトウェアの総称としてSmartVisionが生まれました。

1995年にビデオキャプチャボードとして誕生したSmartVisionは、以来、17年間にわたり、パソコンによるテレビの楽しみをさまざまな視点で提案してきました。
とにかく業界初というのがやたらと多いのに驚きます。

たとえば、タイムシフト再生は2000年に、ワイヤレスで受信できるAirTVを2003年に、2004年に地デジ対応してからも、さまざまな初めてを実現しています。最新のSmartVisionでは、新しいコミュニケーションスタイルとして「つぶやきプラス」など、SNSとの連携が話題になったりもしています。今、家電レコーダーを含めて当たり前になっているテレビ関連機能は、すべからくSmartVisionが先駆けとなっていることがわかります。

SmartVisionは、NECの多くのエンジニアが長い時間をかけて培ってきた要素技術によって支えられています。業界でも突出したMPEG2に関する技術、また、Windowsの描画エンジンと置き換わって高画質表示を実現しているH.264のデコード技術「NEC Presenter」、さらには、2倍速で見ても十分に聞きやすい変速再生ではNEC中央研究所が独自に開発した「音声時間軸圧縮伸張技術」などが活かされています。こうした最先端の技術を、惜しげもなく投入できるのはNECならではといえるでしょう。

ライター プロフィール

山田 祥平
1957年福井県生まれ。フリーランスライター、元成城大学講師。
インプレスPC Watch連載等幅広くパソコン関連記事を寄稿。単行本も多数。
NEC製品とは、初代PC-9800シリーズからの長いつきあい。
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